〈雑記〉「議員として成果を出せるのか?」とはどういうことか


今年は春の統一地方選から始まり、夏の参院選、埼玉県知事選、埼玉県参院選補選と12年に一度の選挙yearです。
全国では障がいのある議員が誕生したり、シングルイシューを掲げる政党が国政に進出したり、タレント出身あるいは政治経験の全くない人が当選したりと、これまでは政治から遠かったような人が政治の場に参画しているように思います。

そのときに、「お手並み拝見」とまではいかずとも「議員として成果を出せるのか?」という声をよく聞きます。
その言葉を聞くたびに、安心する、つまり多くの人が政治に無関心であり、政治は何も期待されていないわけではなく、政治家には成果を出して欲しいと期待されているんだとかすかな希望の灯りを感じると同時に、私も議員の一人として、キュッと心臓を掴まれるような思いになります。
「議員として成果を出すとはどういうことか」「果たして自分は、議員として成果を出しているのか」と身につまされるからです。

もし議員としての成果が議場における採決であれば、多くの議員は成果を出しているでしょうが、「議員として成果を出す」というのはそれだけではないでしょう。
あるいは、地域のお祭りやイベントに出ることが「議員として成果を出す」というのでは、やはり信託を受けた意義からすればそうではないと感じます。
あるいは、私はよくご意見対応で街灯をつけたり道路環境を整備したりしていますが、このようなものは議員でなくても一市民・一県民の立場でも出来ます。

政策を訴え実現するということが「議員としての成果を出す」ということに近いのかなと思いますが、市議会議員から県議会議員に転身した身としては市町村→都道府県→国と上がるにつれ、政策を実現することのハードルが高くなることを感じています。

実際これは、市議会議員を1期4年を経て、2期目に挑戦しようと思い実績をまとめたレポートを作る際に、あまりの自分の実績のなさに愕然としたことが思い起こされます。
確かに1期4年間一生懸命活動をしてきたけれど、実績として書けるものは何だろうと頭を抱えてしまったのです。

だからこそ、選挙yearの今年、「議員としての成果」が多く問われているのを聞くと、それは一体どういうことなんだろうと考えてしまいます。

皆さんが考える「議員としての成果」は何だと思いますか?